大判例

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福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)41号 判決

控訴人

中園静男

代理人

井上茂

被控訴人

稲富正夫

稲富勇雄

大石吉秋

主文

一、控訴人の本位的請求に関する本件控訴を棄却する。

二、控訴人の新訴請求により、

(一)  被控訴人稲富正夫は控訴人に対し金一六万六、一三四円及びこれに対する昭和三六年七月二四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人稲富勇雄は被控訴人稲富正夫と連帯して、右(一)記載の金員のうち金五万円及びこれに対する前同日から完済に至るまで前同割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人大石吉秋は被控訴人稲富正夫と連帯して、右(一)記載の金員のうち金五万円及びこれに対する前同日から完済に至るまで前同割合による金員を支払え。

(四)  控訴人のその余の請求を棄却する。

三、控訴費用中、控訴人と被控訴人稲富正夫との間に生じた分は同被控訴人の負担とし、控訴人の被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋との間に生じた分はこれを五分し、その二を控訴人の負担、その余を右被控訴人両名の負担とする。

四、この判決中控訴人勝訴の部分に限り、控訴人において被控訴人稲富正夫に対し金五万円、被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋に対し各金二万円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができ、被控訴人稲富正夫において金五万円、被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋において各金二万円の担保を供するときは、それぞれ右仮執行を免れることができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らは連帯して控訴人に対し、金一六万六、一三四円及びこれに対する昭和三六年七月二四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人稲富正夫、同稲富勇雄はいずれも「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人大石吉秋は適式の期日呼出しを受けながら、当審の各口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかつた。

当事者双方の主張と証拠関係<省略>

理由

一、当裁判所も被控訴人稲富正夫と訴外株式会社ポーラ化粧品本舗北九州支店(以下単に訴外会社ともいう)との間の化粧品取引の法律関係が、控訴代理人の本位的主張のように売買であるとは認め難いものと判断するのであつて、その理由は原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。よつて、右本位的請求に関する本件控訴は理由がない。

二、そこで、進んで、右化粧品取引の法律関係が委託販売であるとする控訴代理人の予備的主張(新訴請求)について審案する。先ず、被控訴人稲富正夫、同稲富勇雄は、いずれも右法律関係が委託販売であるとの従前の主張を撤回し、これを否認する旨陳述するのに対し、控訴代理人は右被控訴人両名の従前の主張は裁判上の自白でありその撤回には異議があると述べるので、右異議の当否につき考察するのに、被控訴人両名の右従前の主張は、右化粧品取引に関する法律上の見解を述べたに過ぎないものであることが記録上明らかであるので、これを裁判上の自白として取扱うことはできないから、右主張の撤回は自由にできるものと解すべきであり、従つて右異議は失当としてこれを排斥する。而して<証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。即ち、被控訴人稲富正夫は昭和三二年五月二八日頃訴外会社の販売員となり(但し、右事実は当事者間に争いがない)、同社の下部組織である久留米営業所に所属し、その後同年一一月頃から昭和三三年五月下旬頃までの間、同じく下部組織の同社筑後出張所に転属して、引続き同社の商品である化粧品の販売に従事していた。ところで、被控訴人稲富正夫において、右販売員になるについては、訴外会社との間に、その販売員の地位、給付金及び商品販売の方法と管理等について、訴外会社の定めている販売規定等に基づき、左記協定がなされていた。販売員は訴外会社から、その身分証明書の交付を受けると共に、その所属する営業所又は出張所を通じ、委託販売として同社商品の交付を受け、これを一般顧客に販売し、原則として三日に一度精算するほか、毎月定期にその月分の売上金より自己の収入(給付金)となるべき所定(売上高に応じたもの)の歩合金等を差引いた金額を、右営業所又は出張所を通じて訴外会社に支払うべき義務を有していたしかも、販売員は、訴外会社の支店長の許可がない限り、他の出張所等へ自由に転属することはできず、商品の販売区域も原則として訴外会社(支店)の管轄内に限定され、商品の卸売若しくは値引の販売(定価以下の価格による販売)、貸売り、他社商品の販売仲介又は組合せ販売等はすべて禁止され、毎月定期の決算時には原則として手持商品の検査を受くべきことなどが義務づけられていた。そして、これらの協定違反の事実を発見した者は、その旨を速かに訴外会社本店販売課長に通知すべく、その協定違反者に対しては所定の事故処理委員会の議決により、退職、販売活動の停止、販売商品又は手持商品の現金買取若しくは弁償、歩合の減歩等の制裁処分のなされることがある反面、傷病特別補償及び優績者表彰の制度並びに販売員管理の一端としての各種教育制度等も設けられていたし、販売員に特段の不都合がない限り、その地位は永続的なものであることが保証されていた。かくて、被控訴人稲富正夫は、右協定に従い前記のように訴外会社より毎月多数回に亘り同社商品の交付を受けて、これが販売に従事するうち、その売上金等を他の用途に費消するなどして訴外会社に納入すべき売上金の未払額が逐次増加し、昭和三三年五月二〇日までの間に訴外会社に対し合計金二六万六、一三四円の右委託販売金未払債務を生ぜしめるに至つた。以上の認定に抵触する<証拠>は前記各証拠に対比して措信できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。従つて、右認定事実によれば、被控訴人稲富正夫は遅くとも昭和三三年五月末頃当時訴外会社に対し金二六万六、一三四円の委託販売金不払による債務を負担したものと認めるべきである。

三、しかるところ、控訴代理人において、被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋が被控訴人稲富正夫の訴外会社に対する右委託販売金不払による債務につき民法上の連帯保証をしていた旨主張するのに対し被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋は、右保証は民法上の保証ではなく、身元保証に関する法律にいわゆる身元保証であつた旨主張するので、右争点につき審案する。いわゆる身元保証契約が成立するためには、その債権者と身元本人(主たる債務者)との間に身元保証に関する法律第一条にいう使用者、被用者の関係が存在することを必要とするが、使用者の担保要求と身元保証人の責任範囲限定の必要とを合理的に調和せんとする同法の立法趣旨及び右使用者、被用者の用語(右用語は民法第七一五条と同じである)等に鑑みると、右使用者、被用者の関係が存在するといえるのは、必ずしも債権者と身元本人との間に雇傭又は労働契約が成立している場合に限定されるものではなく、その間に永続的な従属関係――債権者の指揮監督の下に、身元本人が有償で労務を給付する従属関係――が実質的に存在することが認められるときは、たとえ両者の関係が外形的には対等当事者間の委託販売契約という形式により結ばれるものであつても、その間に右使用者、被用者の関係が存在するものと解するのを相当とする。これを本件についてみるのに、前段認定の事実によれば、被控訴人稲富正夫と訴外会社との間には未だ他人の労務の利用自体と、それに対する賃金の支払とを内容とする被控訴人主張の如き雇傭契約が成立していたことを肯認するに足らないけれども、同被控訴人は訴外会社の専属販売員として同社の支店長を始め、所属営業所長又は出張所長の指揮監督下(前記転属の許否、手持商品の検査、協定違反事実の通知等)に、委託販売名下で、心要に応じ同社商品の交付を受け、右商品の永続的販売業務に従事し、毎月定期にその売上高等に応じた歩合給の支払を受けていたものであることが認められるから、訴外会社と同被控訴人との間には、少くとも前記法律第一条の使用者、被用者の関係が存在していたものと認めるのが相当である。而して、右認定事実と<証拠>を綜合すると、被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋は、被控訴人稲富正夫が昭和三二年五月二八日頃訴外会社の販売員となるに際し、同被控訴人のため身元保証をする意思で期間を定めず、訴外会社に対し同被控訴人の身上に関する一切の行為につき連帯保証人となり、訴外会社に迷惑をかけないことを誓約する趣旨を記載した書面を差入れたことが認められると共に、ここに訴外会社に対する被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋の連帯によるいわゆる身元保証契約が有効に成立したことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。ところが、被控訴人大石吉秋は、その後身元保証人としての責任を加重ならしめる事情が生じたとして、昭和三二年八月右身元保証契約を解除した旨主張するが、右主張を認めるべき証拠は何もない。従つて、被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋は、被控訴人稲富正夫の訴外会社に対する前記委託販売金不払による債務につき、身元保証人としての連帯責任を有するものであることが認められる。

四、そこで被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋の身元保証人としての賠償責任の範囲について審案するのに、<証拠>によると、被控訴人稲富勇雄(当六二年)は被控訴人稲富正夫の実父であつて、昭和二二年春頃台湾より引揚げ、その後福岡県八女地方事務所の民生課長、総務課長を経て、八女福祉事務所長、八女地方事務所長(右両所長の何れかの当時に本件身元保証をした)を務め、次いで福岡県参事となり、昭和三四年暮以降現在まで引続き福岡県柳川市助役に就任していて、現在の本俸約七万円、他に一家の資産として宅地五〇坪、家屋一七坪を有するが、現在の扶養家族は妻と高校生の女子一名があり、福岡県より支給された退職金五七万円はすでに被控訴人稲富正夫の借財の弁済に費消しており、被控訴人稲富正夫(昭和五年生)は被控訴人稲富勇雄の長男であつて、旧制中学卒業、会社員の経歴を有し、昭和三一年妻帯したものであり、被控訴人大石吉秋は被控訴人稲富正夫と昭和二五、六年頃他の会社で同僚として働いていた友人関係から本件身元保証をしたもので、現在クリーニング業を営む者であることが認められ、右認定に反する証拠はない。被控訴人稲富勇雄、同大石吉秋は、被控訴人稲富正夫が訴外会社に対する前記委託販売金不払による賠償債務を生ぜしめたのは、当初約束された同被控訴人が受くべき歩合金が不当に減歩された上、控訴人より同人の商品販路を侵害したとして、同人の策動により同人の配下におかれ、商品の供給を不当に減少せしめられ、販売活動が殆んど不可能となつたことに基因するものであるから、身元保証人の賠償責任を定めるについて右事情を斟酌すべき旨主張し、原審証人稲富勉、同稲富キクエ及び原審被控訴本人稲富勇雄は右主張に副う如き証言ないし供述をするが、右証言及び供述部分は<その他の証拠>に対比してにわかに措信し難く、他に右主張を肯認すべき証拠はない。しかし、<証拠>によると、被控訴人稲富正夫の訴外会社に対する金二六万六、一三四円の委託販売金不払による債務は一時に生じたものではなく、相当長期間に亘り逐次増加したものであることを窺うに充分のものがあり、訴外会社において少くとも毎月の決算の都度その間の事情を了知していたことは否定できないから、前記認定の訴外会社の販売員に対する指導監督の関係に鑑みると、その指導監督責任者において、右不払防止のための相当の措置を講じ得る余地があつたというべきところ、訴外会社がその措置を講じた事蹟を窺い得ず、訴外会社がこれを看過した点に少くとも過失があることを認めざるを得ない。以上の事実のほか、記録に徴して認められる身元保証に関する法律第五条所定の一切の事情を斟酌するときは、被控訴人稲富正夫の訴外会社に対する金二六万六、一三四円の債務のうち、被控訴人稲富勇雄の賠償すべき責任額は金一五万円、同大石吉科の賠償すべき責任額は金五万円をもつて相当とすべく、右金額の限度で連帯責任を負うものと認められる。

五、<省略>

六、<省略>

よつて、控訴人の本位的請求に関する本件控訴を棄却し、当審での新訴請求につき前叙のとおりその一部を認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条第九二条を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のように判決する。(裁判長裁判官岩永金次郎 裁判官岩崎光次 小川宣夫)

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